HAMARIの研究開発部門が注目する合成法をご紹介します。
第2回は”SITAGLIPTIN (DPP-4阻害薬)”です。
Sitagliptin (1) は米国Merck社によって開発されたDPP-4 (dipeptidyl peptidase-4) 阻害剤です。1は2型糖尿病に対する治療薬として米国において2006年10月にFDAにより承認されました。日本でも2009年10月に承認されて、“JANUVIA (ジャヌビア)” 及び “GLACTIV (グラクティブ)” のブランド名 (共に1のリン酸塩一水和物) で販売されています。また、sitagliptin (1) は、数あるDPP-4阻害剤(gliptin)の中で、2型糖尿病治療薬として最も多く用いられており、代表的なブロックバスターの1つです (Global sales in 2020: $5,276 million)。
Merck社の研究チームによって開発された、sitagliptin (1) の合成法 (the 2nd generation synthesis)では、入手容易で比較的安価なL-フェニルグリシンアミド(PGA)が巧みに利用されています。PGAは、本合成法において1の構成ユニットであるβ-アミノ酸2のアミノ基供与体であるとともに、その不斉中心を導入するためのキラル補助基として働いています。
本合成法の鍵となる反応は、β-ケトエステル4とPGAとの縮合反応により得られたエナミノエステル5を基質としてAdams触媒 (PtO2) を用いる不均一系でのジアステレオ選択的水素化反応です。本反応により、β-アミノエステル6が非常に高いジアステレオ選択性 (91% de) で収率良く得られています。ここでPGAをキラル補助基として用いることで、この種の反応で汎用されるα-メチルベンジルアミン (PGAのCONHH2基がメチル基に置き換わった化合物) から誘導されるエナミノエステルの水素化反応と比較して、はるかに高いジアステレオ選択性が達成されています。
目的物1への変換は、エステル6の加水分解とそれに続くトリアゾール3とのアミド化反応により7へと誘導し、続いて、PGAに由来するキラル補助基をPd触媒下に加水素分解することにより効率良く達成されています (Scheme 1) 。
さらに、ジアステレオ選択的水素化反応の基質として、トリアゾールユニット3を導入したβ-ケトアミド8とPGAとの縮合反応により得られるエナミノアミド9を用いると、β-アミノアミド10の収率及びジアステレオ選択性がさらに向上しています(それぞれ92%及び97.4% de)。最後に、10を水素移動型還元条件下にPGA由来の保護基を除去し、さらにL-酒石酸で光学分割することにより、光学的に純粋なsitagliptin (1)・L-酒石酸塩が高収率で得られています(Scheme 2)。
なお、トリアゾール3の合成はMerck社の研究チームによってScheme 3に示す方法(Org. Lett. 2005, 7, 1039−1042)により、また、β-ケトアミド8の合成もフェニル酢酸誘導体11、Meldrum酸12及びトリアゾール3の高収率・効率的な3成分反応により達成されています(J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 13002−13009)。
<参考>
Sitagliptin (1) の上記合成法においてL-フェニルグリシンアミド(PGA)は、①アミノ基供与体、及び、②キラル補助基として活用されていますが、本合成法に先立って同様の目的のためにPGA(以下の例では鏡像体であるD-PGAを使用)は、以下のような例に用いられています。
(1)ジアステレオ選択的Strecker合成によるL–tert-ロイシンの合成(Org. Lett. 2001, 3, 1121−1124)
(2)アリル亜鉛反応剤のイミンへのジアステレオ選択的付加反応を用いるキラルなホモアリルアミン類の合成(Org. Lett. 2001, 3, 3943−3946)
(3)ジアステレオ選択的水素化反応を用いる(S)-1-アミノインダンの合成(Tetrahedron: Asymmetry 2003, 14, 3479−3485)