【R&D化学ネタ】Vol.3 Nirmatrelvir (COVID-19 治療薬) part 2

研究開発部 深澤です。「R&D化学ネタ」今回も引き続き、”Nirmatrelvir (COVID-19 治療薬)”のご紹介です。

part 1

 
今回は、Nirmatrelvir (1) を実製造する際に使われる3つのフラグメント1のうち、5の塩酸塩の合成法を紹介します。

実製造においてNirmatrelviを構成する3つのフラグメント
Scheme 1 実製造においてNirmatrelvir (1) を構成する3つのフラグメント

 

5の塩酸塩の合成

化合物5はNirmatrelvir (1) 以外にもBoceprevirの部分骨格にも含まれ、製造実績があります2
Ethyl chrysanthemumate (12) を出発原料とし、オレフィンの酸化開裂及び加水分解により、カロン酸 (13) を得ます。次に無水酢酸溶媒中で加熱還流することで、カロン酸無水物 (14) へと誘導します3。続いてアンモニア水で処理し、イミド15へ誘導した後、LiAlH4還元によりピロリジン誘導体16を得ます4。得られた16に対してアミン酸化酵素を用いた非対称化により中間体17を経由してスルホン酸ナトリウム18へと誘導します2。最後にニトリル基の導入 (1819)、加溶媒分解 (195)、塩酸塩化 (55 HCl salt) により、目的とする化合物が得られます2

5の塩酸塩の合成ルート
Scheme 2 5の塩酸塩の合成ルート

 

他にもコバルト触媒を用いた短工程での5の塩酸塩の製造 (200 kg/batch) にも成功しています。
プロリン誘導体20を出発原料とし、Boc保護と水酸基の脱離基への変換により、カルボン酸21を得ます。続いて塩基を用いた水酸基の脱離により、オレフィン22をジエチルアミン塩として得ます5。この脱離反応はオレフィンの生成位置が異なる異性体が生成しますが、種々検討することで、最適な条件を見つけています(後述)。
次にカルボン酸22をメチルエステル23へと誘導6した後、23のオレフィンのシクロプロパン化7により、目的とする立体化学を有する24を得た後、脱Bocし5の塩酸塩へと誘導しています1

コバルト触媒を用いた短工程での5の塩酸塩の合成ルート
Scheme 3 コバルト触媒を用いた短工程での5の塩酸塩の合成ルート

 

2122での変換では、塩基の選択が重要でした。最初に水素化ナトリウムをDME溶液中で作用させたところ、目的の22がラセミ化をある程度抑制しつつ得られました(entry 1)。しかしながら、スケールアップすると再現性が得られなかったことから条件を検討しなおすことにしました。2級アルコール及び3級アルコールのナトリウムアルコキシラートを作用させると完全にラセミ化しました (entry 2, 3)。嵩高い1級アルコールを作用させると望ましくない異性体25が主に生成しています(entry 4)。ナトリウムメトキシドを作用させた場合は、ラセミ化は抑制されたものの、異性体比はentry 1よりも低下しています (entry 5)。さらに1級アルコールを検討したところ (entry 6~9)、entry 9の条件が最良であることが判明しました。Entry 9で使用するアルコキシラートは3級アミンでもあるため、酸性条件下での後処理により容易に除去できるため、操作性にも優れています5

21→22の変換における塩基の条件検討
Table 1 2122の変換における塩基の条件検討

 

出典
1 ACS Cent. Sci., 2023, 9, 849–857
2 J. Am. Chem. Soc., 2012, 134, 6467–6472
3 US2005/0059648A1
4 JP5247466B2
5 Synthesis, 2004, 14, 2367-2375
6 WO2007017698A1
7 Angew. Chem. Int. Ed., 2018, 57, 13902-13906

 

次回は、保護アミノ酸11とアミン4の塩酸塩の合成について紹介します。

 
part 1 part 3

    2023年8月8日