HAMARI Stories

HAMOC開発物語

独自の不斉水素化反応の開発

HAMARIでは、自社テーマとして光学活性アミン部位を有するジェネリック医薬品の新規合成プロセスの開発を、2002年より目標期限を設定して行っていました。開発の鍵は、置換フェニルアセトン由来のイミン誘導体に対する水素移動型不斉水素化反応です。

不斉水素化反応スキーム
鍵となる不斉水素化反応

種々の不斉触媒を検討した中で、市販の野依分子触媒1)を用いた場合、不斉収率2)は 15~20% eeに留まるものの、当時検討した中では最も良好だったことから、後工程の製造プロセスを改良検討しました。しかし、最終目的物の純粋な光学異性体を得るためには煩雑な光学分割を何度も繰り返す必要がありました。その結果、総収率も低く、実用的な製造プロセスとして満足できるものではありませんでした。

目標期限が迫る中、類似反応の論文で紹介されていたプロリン型配位子を有するルテニウム(II)錯体を応用したところ、不斉収率35~39% eeで目的物が得られました。この結果に後押しされ、特許出願を念頭に置いてプロリン型配位子を詳細に検討した結果、新規なルテニウム(II)錯体3)を見出すことに成功しました。この触媒を用いると、目的の中間体アミンが化学収率良く、40% ee前後の不斉収率で得られるようになり、後工程の光学分割が劇的に簡略化されました。この発見により新規合成プロセスが期限内に完了し、その後のGMPバリデーション製造と当局への申請・承認を経て、2005年に目的医薬品の実生産を達成出来ました。

“Simple is best”

上記反応の立体選択性をさらに向上させるために、触媒の中心金属も含めて検討を続けました。その結果、プロリンアミド誘導体をキラル配位子に持つイリジウム(III)錯体4)が前記のルテニウム(II)錯体より優れた結果を与えることがわかり、N-(6-キノリル)プロリンアミドを配位子とするイリジウム(III)錯体5)では、反応が飛躍的に加速されるとともに、不斉収率は41% eeから54% eeに向上しました。この結果を受けて、キラル配位子について再度精査したところ、最も単純なN-無置換のプロリンアミドを配位子とする新規イリジウム(III)錯体で、不斉収率が75% eeに向上することを見出しました。

その後の更なる検討によって、本錯体は、当初対象とした置換フェニルアセトン由来のイミン誘導体(排尿障害治療薬タムスロシン塩酸塩およびシロドシンの合成中間体)に留まらず、幅広い化合物6)にも適用可能であることが分かりました。いずれの化合物でも高い化学収率および不斉収率(>90% ee)で反応が進行することから、極めて有効な実用的不斉水素化触媒となることが判明しました。

一方、本錯体の安定な結晶を単離することにも成功し、大学のご協力を得て単結晶X線構造解析により結晶構造を確定することが出来ました。また、この結晶構造が決め手となって本錯体の物質特許を2018年に取得しました。

新規イリジウム(III)錯体(HAMOC-1S)の単結晶X線結晶構造
新規イリジウム(III)錯体(HAMOC-1S)の単結晶X線結晶構造

HAMOC触媒の販売へ

“HAMOC”は、HAMari Original Catalystの略称として2015年に商標登録されました。また、代表的な触媒である、(S)- および(R)-プロリンアミド-イリジウム(III)錯体は、 “HAMOC-1S” および “HAMOC-1R”として販売されることになりました。

なお、本不斉水素化反応の触媒開発と医薬品合成への応用に対して、2011年に一般社団法人 大阪工研協会より第61回 工業技術賞7)を受賞する栄誉にあずかりました。

HAMOC 商標登録証
HAMOC 商標登録証

不斉合成 HAMOC®

脚注

  • 1) 野依教授(当時、名古屋大学)らによって開発されたキラルルテニウム(II)錯体RuCl[(R,R)-TsDPEN](p-cymene)(TsDPEN:N-(p-toluenesulfonyl)-1,2-diphenyl-ethylenediamine)。

  • 2) 光学純度の指標であるエナンチオマー過剰率(ee)として表し、例えば20% eeの場合は両エナンチオマーの量的比率は60:40である。

  • 3) アミド窒素原子上に6-キノリル基が置換したプロリンアミドをキラル配位子、アレン配位子がp-cymeneであるN-(6-キノリル)プロリンアミド-ルテニウム(II)錯体。

  • 4) 野依分子触媒では、錯体中心金属として代表的なルテニウム(第8族遷移金属元素)に加えて第9族遷移金属元素であるロジウムやイリジウムの錯体も併せて報告されていた。

  • 5) 原料に用いるイリジウム(III)錯体ダイマーに由来して、アレン配位子もp-cymeneからペンタメチルシクロペンタジエニル基に置き換わっている。

  • 6) 3位置換-1,4-ベンゾオキサジン(合成抗菌薬レボフロキサシンの合成中間体)、芳香環に縮環した環状ケトン、更には2位置換キノリンまで適応可能。

  • 7)「第61回工業技術賞受賞者とその業績」(科学と工業, 2011, 85 (8), 375)。本賞は、工業に関する研究や発明、並びに現場技術の進歩・改善に大きな功績をあげた技術に贈られる歴史ある賞。

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