ニュースリリース

【R&D化学ネタ】Vol.3 Nirmatrelvir (COVID-19 治療薬) part 4

研究開発部 深澤です。「R&D化学ネタ」今回で”Nirmatrelvir (COVID-19 治療薬)”は最終回です。

part 1 part 2 part 3

 

Nirmatrelvir (1) の現在の合成方法

Nirmatrelvir (1) の現在の合成方法を下図に示します1
まず、5の塩酸塩をトリエチルアミンで中和した後、水酸化ナトリウム水溶液でメチルエステルを加水分解し、ナトリウム塩30を得ます。なお、ナトリウム塩の代わりにリチウム塩を合成することもできますが、物理的特性の点でナトリウム塩が良いそうです。
次に得られた30と保護アミノ酸11を縮合してカルボン酸9を得た後、EDCとHOPO (2-Hydroxypyridine-N-oxide) を用いたアミン4との縮合により、アミド10をMEK溶液として得ます。続いてトリフルオロ酢酸無水物を使用した末端アミドの脱水反応とMTBEとIPAcの混液からの晶析により、Nirmatrelvir (1) のMTBE和物が得られます。最後にIPAcとヘプタンの混液から晶析させることで、無溶媒和物のNirmatrelvir (1) が得られます。
この合成経路は、メディシナルルートよりも合成の収束性等に優れ、100 tを超える製造実績を積み上げることができました。

Nirmatrelvirの現在の合成方法
Scheme 1 Nirmatrelvir (1) の現在の合成方法

 

出典
1 ACS Cent. Sci., 2023, 9, 849–857

 
上記の合成経路では、3つのユニットを繋いだ後にニトリルへと変換 ( (10) → (1) ) しています。より収束的な合成のためには、アミド4をあらかじめニトリルに変更しておけば良いのですが、不純物の低減に時間がかかり、緊急使用許可を得るまでのスケジュールに影響するため、今回の合成経路を選択したそうです。

 

今回紹介したNirmatrelvir (1) の合成プロセスの詳細は、今後論文等で公表されるそうです。

 

ちなみにACS Spring 2023でのこの講演の質疑応答の際に、実際に質問者の夫が服用したとの話があり、「Pfizer社だけではなく、全ての科学者に対して感謝しています」とコメントされ、会場全体で大きな拍手が自然と発生しました。

part 1 part 2 part 3

    2023年8月10日


【R&D化学ネタ】Vol.3 Nirmatrelvir (COVID-19 治療薬) part 3

研究開発部 深澤です。「R&D化学ネタ」今回も引き続き、”Nirmatrelvir (COVID-19 治療薬)”のご紹介です。

part 1 part 2

 
今回は、Nirmatrelvir (1) を実製造する際に使われる3つのフラグメント1のうち、保護アミノ酸11とアミン4の塩酸塩の合成について紹介します。

実製造においてNirmatrelviを構成する3つのフラグメント
Scheme 1 実製造においてNirmatrelvir (1) を構成する3つのフラグメント

 

保護アミノ酸11の合成

保護アミノ酸11はt-ロイシンにトリフルオロ酢酸エチルを作用させることで、簡便に合成できます2

 

アミン4の塩酸塩の合成

グルタミン酸誘導体27のジアステレオ選択的なアルキル化により、ニトリル28へと誘導します。続いてニトリルの還元に続く分子内環化によりラクタム2が得られます。2はクロマトグラフィーにより精製することも可能ですが、トシル酸によるBoc基の除去を実施し、アミン29のトシル酸塩とすることで、クロマトグラフィー精製を回避することができました3
ラクタム2に関しては、これまで商業生産されたことはありませんでしたが、これまでの成果を生かして外部の製造業者への技術移転をスムーズに実施できたそうです。
得られた29は、2003年にSARS CoV-1に対する治療薬の開発研究の中で見つけられたプロテアーゼ阻害剤の重要な部分骨格の一部でした。そのため、基本的な合成経路は、その時の知見が生かされており、残りは29から4への変換のみとなります。外部の製造業者では、2つの合成経路で4の塩酸塩を製造しています。1つは、アミノ基をBoc保護した後、メチルエステルをアミドへと変換し、Boc基を除去する合成経路 (Route A) で、もう1つは、直接29から4へと変換する合成経路 (Route B) です1

合成ルート
Scheme 3 アミン4の塩酸塩の合成ルート


 

なお、これまで述べた3つのフラグメントは、外部の製造業者によって合成されています。

 

出典
1 ACS Cent. Sci., 2023, 9, 849–857
2 WO2021250648A1
3 Org. Process Res. Dev., 2023, 27, 78–83

 

Nirmatrelvir (COVID-19 治療薬) のR&D化学ネタ、最終回は、Nirmatrelvir (1) の現在の合成方法について紹介します。

 
part 1 part 2 part 4

    2023年8月9日


【R&D化学ネタ】Vol.3 Nirmatrelvir (COVID-19 治療薬) part 2

研究開発部 深澤です。「R&D化学ネタ」今回も引き続き、”Nirmatrelvir (COVID-19 治療薬)”のご紹介です。

part 1

 
今回は、Nirmatrelvir (1) を実製造する際に使われる3つのフラグメント1のうち、5の塩酸塩の合成法を紹介します。

実製造においてNirmatrelviを構成する3つのフラグメント
Scheme 1 実製造においてNirmatrelvir (1) を構成する3つのフラグメント

 

5の塩酸塩の合成

化合物5はNirmatrelvir (1) 以外にもBoceprevirの部分骨格にも含まれ、製造実績があります2
Ethyl chrysanthemumate (12) を出発原料とし、オレフィンの酸化開裂及び加水分解により、カロン酸 (13) を得ます。次に無水酢酸溶媒中で加熱還流することで、カロン酸無水物 (14) へと誘導します3。続いてアンモニア水で処理し、イミド15へ誘導した後、LiAlH4還元によりピロリジン誘導体16を得ます4。得られた16に対してアミン酸化酵素を用いた非対称化により中間体17を経由してスルホン酸ナトリウム18へと誘導します2。最後にニトリル基の導入 (1819)、加溶媒分解 (195)、塩酸塩化 (55 HCl salt) により、目的とする化合物が得られます2

5の塩酸塩の合成ルート
Scheme 2 5の塩酸塩の合成ルート

 

他にもコバルト触媒を用いた短工程での5の塩酸塩の製造 (200 kg/batch) にも成功しています。
プロリン誘導体20を出発原料とし、Boc保護と水酸基の脱離基への変換により、カルボン酸21を得ます。続いて塩基を用いた水酸基の脱離により、オレフィン22をジエチルアミン塩として得ます5。この脱離反応はオレフィンの生成位置が異なる異性体が生成しますが、種々検討することで、最適な条件を見つけています(後述)。
次にカルボン酸22をメチルエステル23へと誘導6した後、23のオレフィンのシクロプロパン化7により、目的とする立体化学を有する24を得た後、脱Bocし5の塩酸塩へと誘導しています1

コバルト触媒を用いた短工程での5の塩酸塩の合成ルート
Scheme 3 コバルト触媒を用いた短工程での5の塩酸塩の合成ルート

 

2122での変換では、塩基の選択が重要でした。最初に水素化ナトリウムをDME溶液中で作用させたところ、目的の22がラセミ化をある程度抑制しつつ得られました(entry 1)。しかしながら、スケールアップすると再現性が得られなかったことから条件を検討しなおすことにしました。2級アルコール及び3級アルコールのナトリウムアルコキシラートを作用させると完全にラセミ化しました (entry 2, 3)。嵩高い1級アルコールを作用させると望ましくない異性体25が主に生成しています(entry 4)。ナトリウムメトキシドを作用させた場合は、ラセミ化は抑制されたものの、異性体比はentry 1よりも低下しています (entry 5)。さらに1級アルコールを検討したところ (entry 6~9)、entry 9の条件が最良であることが判明しました。Entry 9で使用するアルコキシラートは3級アミンでもあるため、酸性条件下での後処理により容易に除去できるため、操作性にも優れています5

21→22の変換における塩基の条件検討
Table 1 2122の変換における塩基の条件検討

 

出典
1 ACS Cent. Sci., 2023, 9, 849–857
2 J. Am. Chem. Soc., 2012, 134, 6467–6472
3 US2005/0059648A1
4 JP5247466B2
5 Synthesis, 2004, 14, 2367-2375
6 WO2007017698A1
7 Angew. Chem. Int. Ed., 2018, 57, 13902-13906

 

次回は、保護アミノ酸11とアミン4の塩酸塩の合成について紹介します。

 
part 1 part 3

    2023年8月8日


【R&D化学ネタ】Vol.3 Nirmatrelvir (COVID-19 治療薬) part 1

研究開発部 深澤です。「R&D化学ネタ」今回は、私が参加しポスター発表したACS Spring 2023の講演から注目した内容をご紹介します。”Nirmatrelvir (COVID-19 治療薬)”です。

ポスター発表 ニュースリリース
 

Nirmatrelvir (PF-07321332, 1) はPfizer社が開発したCOVID-19 治療薬です。FDAからは2021年12月に緊急使用許可が出され、日本では2022年2月に特例承認されました。日本では、商品名”パキロビッドパック”として販売されています。
COVID-19は、2019年12月に中国の武漢で発見され、約2年後の2021年11月には、早くもPfizer社よりNirmatrelvir (1) の第I相臨床試験の結果が公表されました1
2020年7月に実験室にて最初の合成が達成され (mgスケール)、わずか17ヵ月後の2021年12月には、数百kgスケールでの商業生産にまで漕ぎつけています。

Nirmatrelviのメディシナルルート
Scheme 1 メディシナルルート

 

二環式ピロリジン誘導体5の塩酸塩とBoc保護されたアミノ酸6とのHATUを用いた縮合により、アミド7を得た後、メチルエステルの加水分解及びBoc基の除去によりアミン8の塩酸塩を得ます。続いて、トリフルオロ酢酸エチルを作用させ、トリフルオロアセトアミド9へと変換した後、4の塩酸塩との縮合により、アミド10を得ます。最後に、C末端アミドのBurgess試薬を用いた脱水反応の後、MTBEと酢酸エチルの混液から結晶化させることで、Nirmatrelvir (1) のMTBE和物を得ます。そのMTBE和物をIPAc/heptane混液から晶析させることで、Nirmatrelvir (1) が得られます。

 

Nirmatrelvir (1) が、COVID-19の治療薬として使用できる見込みが立ったため、実製造に適した合成法を検討することになりました。
実製造では、上記の合成経路よりも収束的な経路を選択しています。すなわち、上記で使用していたBoc保護されたアミノ酸6の代わりに保護基の変換が必要とならないトリフルオロアセチル基で保護されたアミノ酸11を使用することとし、3つのフラグメントからNirmatrelvir (1) を合成する経路へと変更しています2

実製造においてNirmatrelviを構成する3つのフラグメント
Scheme 2 実製造においてNirmatrelvir (1) を構成する3つのフラグメント


 

出典
1 Science, 2021, 374, 1586-1593
2 ACS Cent. Sci., 2023, 9, 849–857

 

次回は、この3つのフラグメントの合成経路をご紹介します。

part 2

    2023年8月7日